カップ麺の技法

2016年3月14日

ラーメンが好きである。おいしいラーメンが好きだ。ふとラーメンが食べたくなる。そんなとき、近所のラーメン屋を思い出す。

最近のラーメン屋は平気で700円や800円の値付けをする。高すぎるとは言わないが、一食に費やす金額としては少々ためらいを覚える。おなじだけ支払えば、もっと満足できる食事にありつけると考えてしまう。

いつでもおいしいラーメンを食べたい。なるべく出費せずにおいしいラーメンを食べたい。おれの切実な欲求を、カップ麺で満たせないものだろうか。

カップ麺とは良いものだ。せいぜい200円か300円で一食を済ませられる。安くつくだけでなく、徒歩で行けるコンビニエンスストアに必ず売っているから入手しやすい。お気に入りの銘柄を買い置きしておけば、場所と時間を選ばずに思いどおりの満足感を得られる。カップ麺の長所だ。

カップ麺をおいしく食べる技法をきわめたい。味覚と食欲と倹約の三つを同時に満たしたい。カップ麺をおいしく食べる技法をきわめることは、おれにとって「QOL(クオリティ・オブ・ライフ)」の実践に他ならない。カップ麺をきわめれば幸せになれるはずだ。

具体的な技法は、これからの生活のなかで試行錯誤していく。はじめに「カップ麺をおいしく食べるための前提」を明らかにしておきたい。以下のとおり。

  • 一病息災であること
  • 空腹であること
  • ながら食いをしないこと
  • おなじ銘柄を連続で食べないこと

一病息災であること

本来は「健康状態が良好であること」が望ましい。しかし、誰しもひとつくらいは不調をかかえているものだ。

胃腸が丈夫でないとか、鼻づまりであるとか、便秘であるとか。カップ麺なんて食べるんだもの。一病くらいがちょうど良い。

長いあいだ無病息災だった人は、かえって大病に弱いともいう。

空腹であること

腹がペコちゃん(by孤独のグルメ)でなければ、何を食ってもうまく感じない。ましてやカップ麺のような「栄養素」や「滋味」をあまり含まない食品の評価は、食べる人間のコンディション(体調)に左右されやすい。

個人差はあるけれど、前の食事(間食を含む)から最低六時間は間隔をあけたい。後段でも述べるが、前の食事が「店ラーメン」ましてやカップ麺であってはならない。できれば中華系メニューや麺類も避けるべきだ。

ながら食いをしないこと

この項については、あえて強制しない。食うことに集中すべきだ。なるべく。可能ならば。

テレビやパソコンやスマホを眺めながらの「ながら食い」は、味覚を誤るおそれがある。なにせカップ麺である。ただでさえ栄養素や滋味に乏しいのだから、せめてよく味わって食べたほうが得である。

ただし音楽は影響が少ないかもしれない。視覚と味覚のつながりは強いが、聴覚と味覚はさほどではない印象があるからだ。

おなじ銘柄を連続で食べないこと

実売価格100円台のカップ麺ならば「麺職人」(日清)や「麺づくり」(東洋水産)といった銘品がある。おれも好きである。

だが、おいしいと感じたカップ麺を次の日も食べてみたら「あれ? そうでもなかった」という経験はないだろうか。「これはカップ麺を超えたうまさだ!」と感じた銘柄であっても、しばらく間隔をおかなければ、かつての感動は失望に変わる。

おれの経験では、最低でも2週間以上はおなじ銘柄のカップ麺を食べるべきではない。

カップ麺を過大評価してはいけない。ラーメン屋のラーメンのほうがおいしいに決まっているからだ。カップ麺の本質とは「味蕾を惑わす淫靡」である。自覚して「熱に浮かされる」ならば良いが、くれぐれも本気でのぼせあがってはいけない。

──次回予告
「カップ麺に求める必要最低条件について語ろう」

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