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『エレGY』を書いた泉和良は『女生徒』的なものを最新アップデートしたと思う

2016年5月6日

コラムメディア「フムフム」に、太宰治のトレパク癖について書いた。

太宰治のパクリ疑惑。『女生徒』と『俗天使』を検証する | [フムフム]

名作の呼び声が高い『女生徒』は、他人の日記をトレパクしたものだ。『女生徒』の9割は「有明淑の日記」における記述を元にしている。

原典である「有明淑の日記」は、青森県近代文学館が完全復刻している。おれは3年ほど前に通信販売で取り寄せた。

青森県近代文学館 資料集

『女生徒』において、太宰の完全なオリジナルと言える記述は「冒頭のおよそ400字」と「結末のおよそ400文字」だ。トレパクと言っても一から十までを模写しているわけではないが、原典にある「特徴的なフレーズ」をほとんどそのまま『女生徒』に採用している。

たとえば、有名な「眼鏡は、お化け」というフレーズ。原典からトレパク(模写)したものだ。

有明淑の日記
『資料集 第一輯 有明淑の日記』から引用

太宰治 女生徒 – 青空文庫

なかには400字詰原稿用紙1枚以上にわたって丸ごと模写している部分もある。トレス元は「無名の女性によって書かれた非公開原稿」なのでパロディやオマージュとはいえない。アレンジというには原典を隠しきれていない。

なにげない身辺雑記を上質なフィクションに「書き換えた」わけだから、太宰がおこなったのは「リライト」である。『女生徒』にまつわる歴史的事実によって太宰治という小説家の評価が揺らぐわけではない。でも、ちょっとガッカリしたのも確かだ。

『女生徒』の成立過程

太宰に日記を提供したのは、有明淑(ありあけ・しず)という女性だ。当時18~19歳だった有明淑は洋裁学校に通っていた。入学後に伊東屋ノートに日記をかきはじめて、およそ3ヶ月後に余白が尽きた。思い立って、愛読していた太宰治宛てに郵送した。

美知子夫人の手記をまとめた『増補改訂版 回想の太宰治』によれば、当時の太宰は多くの〆切を抱えていた。何かでっちあげて出版社に原稿を渡さなければいけなかった。若い女性からのまとまった分量の日記は、まさに小説のネタとしてうってつけだった。

太宰治『女生徒』は、愛読者から送られてきた日記を再構成したものである。翌年に発表された『俗天使』には、有明淑から送られてきた手紙文を彼女のものであるという断り書きを示さずにフィクションの一部分として丸ごと転載している。

太宰治 俗天使 – 青空文庫

おなじく太宰治の代表作である『斜陽』も、チェーホフ『桜の園』と「太田静子の日記(斜陽日記)」およぶ「太宰と静子の不倫関係」をもとに成立した小説だ。愛人だった静子は、太宰の子を産んでいる。のちの太田和子氏である。

太宰治は、愛読者女性とのやりとりをフィクションに昇華することに長けていた。

フリーウェアゲーム作家という職業

泉和良(いずみ・かずよし)。講談社から商業デビューする前の肩書きは「フリーゲーム作家」だった。サークル名は「アンディー・メンテ」という。ハンドルネームは「ジスカルド」である。

アンディー・メンテは、いままで100種類を超えるパソコンゲームを公開してきた。メンバーであるジスカルド氏は、ゲームのシナリオ・グラフィック・サウンド・プログラムをすべて1人で担当している。

アンディー・メンテ・ゲーム一覧

フリーゲーム作家なので、ジスカルド氏が作るものは無料ダウンロードできるものが多い。ファンの要望を受けて、自作のゲームミュージックを収録したサウンドトラックCDを通信販売している。ゲーム作者ジスカルド氏がデザインしたプリントTシャツなども買うことができる。インターネットに自作ゲームを無料配布しているうちに「フリーミアム」が成立してしまったようだ。

ジスカルド氏こと泉和良の小説家デビュー作『エレGY』は、世にも珍しい「フリーゲーム作家の私小説」である。もちろん「私小説=作者の実体験」という等式が成り立つとは限らない。本当のことかもしれないし、本当ことではないかもしれない。実体験が含まれているかもしれないし、そうでないかもしれない。

『エレGY』のあらすじ


エレGY (星海社文庫)

ゲームサークル「アンディ・メンテ」宛てに、ファンを名乗る女子高生からメールが届く。彼女のハンドルネームが「エレGY」なのだ。実際に会うことになる。エレGYは、両手首に傷跡があるエキセントリックな娘だった。精神に作用するクスリを服用している様子もあった。

エレGYの言動はいわゆるメンヘラである。フリーゲーム作家としての生き様に疑いをもちつつあったジスカルド氏は何度も会っているうちにエレGYを好きになる。エレGYが気にいるようなゲームしか作れなくなっていく。ついにはエレGYが登場するゲームを作った。ジスカルド氏なりのエレGYへ愛を伝える方法だった。で、いろいろあって感動のラストをむかえる。

エレGYと太宰治の共通点

じつは、うまく説明できない。『女生徒』の成立過程を知っていたおれは、泉和良の『エレGY』を読んだときに「あ、女生徒の成立過程に似ているっぽい」と感じた。いわば根拠なき直感である。ほんのすこし『ミザリー』っぽい要素も含んでいるのだが、やっぱり『エレGY』は現代の『女生徒』だと言いたい。そんな気がしてならないのだ。おれがそう思い込みたいだけかもしれない。

たとえ『エレGY』が完全なる作り話であったとしても、それが芸術家とファンの奇妙な親交を描いている以上は、『女生徒』や『俗天使』や『斜陽』のアップデート版であると言わざるをえない。

誤解しないでほしい。けっして「二番煎じ」だと決めつけているのではない。泉和良という作家にありがとうを言いたいのである。その成立過程を含めた『女生徒』的なもの(芸術家とファンの奇妙な親交にまつわる物語)の最新アップデート版を書いてくれてありがとう。フリーゲームといういまだ社会的評価の定まっていないクリエイティブにたずさわる者を当事者にした面白い私小説を読ませてくれてありがとう。