DMM落ちた。37歳からの生存プログラミング

2017年11月30日

忌川タツヤです。「いまがわ」と読みます。1980年生まれの37才です。

仕事を探しています。定職につきたいです。お金に困っているからです。派遣アルバイトとウェブ記事の執筆をしています。月収は8万円くらいです。仕事に困っている、というよりも、働くのが苦手なだけです。なまけ者です。ひきこもり気質です。

石川県金沢市に住んでいます。通勤圏内には、DMM.comラボ 金沢事業所があります。常時募集をしています。いまのDMMは、旧ライブドアと上場前リクルートの良いとこ取りの企業という認識です。創業者や代表取締役社長が国政選挙に立候補しなければ、しばらくは安泰でしょう。

過去3回ほどDMMに応募しました。不採用でした。

1度目の応募は、金沢市森戸にある電子書籍部門です。アルバイト募集でした。面接を受けましたが不採用でした。わたしは2013年ごろから2014年にかけて つんどく速報 というウェブメディアで電子書籍レビューをおこなっていました。その経験が活かせると思って応募しました。ダメでした。

2度目の応募は、金沢事業所の正社員プログラマです。ウェブ窓口からの応募でした。5営業日後くらいに不採用メールが届きました。理由は明白です。わたしのプログラミングスキルがゼロに近いからです。PHPで簡単なWebスクレイピングはできますが、コピペコードから脱却できていません。求職活動には役立ちませんでしたが、趣味では役立っています。Kindleストアの個人出版物を毎日リストアップするプログラムです。正規表現をつかって、個人出版コンテンツをフィルタリングしています。半数以上を占めるスパム本を除外する機能があります。

3度目の応募は、亀チョクです。DMM創業者である亀山敬司会長に向けての一芸応募です。提案した企画は、「DMMグループのサービスの一部を、dev.to あるいは 阿部寛公式ウェブサイト みたいな高速仕様にしよう」というもの。DMM内に特区をつくって、収益やインフラコストを無視して、ひたすらレスポンス速度を極めてみてはどうか、という提案でした。もしも面接までたどりつけたら「駿河屋の買収」も提案するつもりでした。

3営業日後に不採用メールが届きました。理由は明白です。わたしのスキルでは実現できそうもない企画だからです。亀チョクは「アイデアだけはダメ」と明記されています。知っていましたがワンチャンスに賭けました。ダメでした。

食品工場で働きたくありません。でも働くしかありません。来年2018年1月には賃貸アパートの更新料・火災保険料・家賃保証会社の更新料の支払いが控えているからです。2017年11月29日現在、まったく用意できていません。いつもギリギリの家計です。わたしが悪いのです。

プログラマが楽な仕事ではない。知っています。しかし、わたしのような気質の者が続けられそうなのは「プログラマ的な何か」しか思いつかないのです。

いままで勉強するのを先送りしてきました。でも、尻に火がついているので、やるしかない。

そんな感じの連載「37歳からの生存プログラミング」を始めます。

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