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感想『天然まんが家』本宮ひろ志(著)

2016年3月11日

本宮ひろ志は中学校を卒業したあと少年自衛隊に志願した。1年2ヶ月つとめたあと辞めて、実家に帰ってから乱暴者のお父さんをぶっとばして家出した。17歳のとき。

そのあと千葉のいとこをたずねて地元の工場ではたらいた。大手自動車会社の部品工場だ。そのときの本宮ひろ志の感慨がキャッチーなのでメモっておく。

住処は独身寮である。朝九時朝礼、そして流れ作業の中で機械の一部ともいえる仕事についた。時計を見る、九時半。また時計を見る、十時……。

「くそったれ、こんなにやったのにまだ三十分しか経ってねえ」

 単純作業はつまらなく、時間が経つのが遅い。じっと我慢して、時計と競争する。時計の針が回り十二時になるのを待つ。昼飯だ。つかの間の昼休みを取り、またじっと我慢して時計が終業を指すまで耐える。

「これってよォ。寝ている時間よりつまらねえ時間だぞ。寝てる時間が何も感じないゼロなら、寝てるより嫌な時間を過ごすってのはゼロ以下のマイナスじゃねえか」「やめるぞ、こんなつまらん仕事」「ここをやめる」

(『天然まんが家』から引用)

そうだー、そうだー。嫌な仕事なんて寝ているよりもマイナスだー。

本宮ひろ志は、はじめ貸本業界にじぶんが描いたまんがを持っていった。しかしそれは勘違いをしていたからだ。水木しげるの苦労話でよく知られるように、当時の貸本まんが家は安い原稿料で買い叩かれていたわけで、そんなところに大事な原稿をもっていく志望者はちょっとマヌケだ。

当時のまんが雑誌は、少年マガジンが100万部くらいで、後発の少年ジャンプが40万部で追いかけていたという。いろいろあって読み切り作品がジャンプに掲載された。その作品というのが『男一匹ガキ大将』で、連載が決定してアニメ化もして、当時ジャンプの読者投票トップだった永井豪の『ハレンチ学園』を凌駕する人気を得ていった。

本宮ひろ志ご本人いわく、誰よりもはやく少女まんがの手法を少年まんがに取り込んだらしい。おれは思い出す。西尾維新がデビュー前に、担当編集者太田克史に「少女まんがを読め」とアドバイスされたことがあった。西尾維新はすぐにまんが喫茶に行ってそこにあった少女まんがをむさぼりよんだらしい。そんな出来事がいまの西尾維新の隆盛と関係あるかどうかはわからない。(テキトー)

本宮ひろ志いわく、人気まんがはかんたんに作れるという。

主人公がケンカが強くて、明るくて、それに女の裸を描いて……そんなもんですよ

(『天然まんが家』から引用)

おもしろい本だった。週刊プレイボーイで連載していた『俺の空』の女性キャラは、奥さんで少女まんが家のもりたじゅんが描いているということも驚きだ。面倒だからではなく、男くさいキャラクターに少女まんが然とした美少女を襲わせれば読者は興奮する、という本宮ひろ志の目論見による分業だという。なんてこった。

天然まんが家