まぎらわしい氏名の凶悪殺人犯

2018年5月9日

コラムメディア「フムフム」で、フィクションでつかえるネーミング辞典について書いた。

オタクは「神話」が大好きである | [フムフム]

ネーミング辞典の活用法は、登場人物の名付けだけではない。神話上や歴史上の固有名詞やエピソードをセリフのなかにちょいと混ぜるだけで、発言したキャラクターのアイデンティティをそれとなく受け手に伝えることが可能になる。

その手の演出にすぐれているエンターテインメント作品として『BLACK LAGOON』(広江礼威・著)というマンガを題材に具体例を述べたい。累計発行部数は500万部を超えているので、ご存じのかたも多いだろう。


ブラック・ラグーン(サンデーGXコミックス)

創作のキャラクター造型には固有名詞を活用する

『BLACK LAGOON(ブラック・ラグーン)』は、二丁拳銃(トゥー・ハンド)の異名をもつ美人ガンスリンガーであるレベッカ(通称・レヴィ)が、世界各国のマフィアが集まる街ロアナプラで大活躍するアクション漫画だ。

レヴィは中国系アメリカ人であり、生まれはニューヨークの貧民街。実の父親を殺しており、そのときのレヴィはあどけなさを残した少女だった。孤児になって、生きるためにあらゆる悪事に手を染めてきたので、ろくに学校へ行っていない。

しかしながら『BLACK LAGOON』本編におけるレヴィは、けっして粗暴なだけのキャラクターとして描かれていない。たびたび名作映画や歴史上の人物を引用してイカした言い回しをするからだ。

コミック単行本の第8巻において、知りたい情報を聞き出すために「正直に話せば命は助けてやる」と約束したにもかかわらず、用が済むやいなや、レヴィが瀕死の相手を容赦なく射殺するシーンがある。

非情なおこないに対して、そのとき同行していた人物が「あんたは、ジェフリー・マーダーと同じ種類の人間だ」と指摘して、レヴィのことを激しく非難する。

それに対してレヴィは「ダーマー、だ。あたしに金玉コレクションの趣味はねえ」と返答する。(『ブラック・ラグーン』第8巻から引用

レヴィの言うとおり、「男性器のホルマリン漬けコレクション」で有名な連続殺人犯の正式名はジェフリー・ダーマーだ。有名な殺人鬼なので「マーダー(殺人者)」とよく間違えられる。緊迫した状況にもかかわらず、相手の誤りを訂正するだけでなく気のきいたことを言い添える。まさに当意即妙のやりとりであり、レヴィの「粗暴な性格で育ちは最悪だが、じつは知性もある」というキャラクター性をうまく表現している。

これ以外のシーンでも、レヴィは自分たちが追いやられた状況にあわせて名作映画のタイトルを挙げて皮肉ってみたり、意外にも「オプラ・ウィンフリー・ショー(米国のテレビ番組。書籍紹介コーナーが人気)」に詳しかったりする。学校に行けず裏社会で生きるしかなかったレヴィにとっては、テレビ番組や映画を眺めることが学びの機会であったことを推し量ることができる。

以上のように、登場人物のセリフに固有名詞を含めることによってキャラクターの内面を豊かに表現できる。ネーミング辞典は「名付け」だけでなく、人物造型のためのヒント集としても活用できそうだ。

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